ふと、想ったこと

何でもないことだけど

何でもないことだけど、急に書きとめておきたくなったので、書いておこう。

冒頭の写真の子たち。

夫婦共に、大好きな美ら海水族館で見つけた子たち。

新しい家には、「自分たちの大好きしか入れない!」を約束して物を整理したのだが、この子たちは捨てることが出来ず、でも行き場がまだ想像できず、とりあえず、リビングのオットマンの上で、待機してもらっている。

こうして並べると、みんなで何やら会議しているみたいな雰囲気。

そのうちに、この子たちをどうしたらいいか、私たちの中にインスピレーションが降りてきてくれるだろうと、その瞬間を今か、今かと持っているところ。

美ら海水族館から連れて帰ってきた子たちは、他にたくさんあって、ジンベイザメとマンタのマグネットもたくさんある。

 

 

昔は冷蔵庫のドアの上で泳いでいた子たちだが、今ではバスルームの中でこうして泳いでもらっている。最近のシステムバスにはマグネットが使えることを知って、これはいい!と早速この子たちを泳がせた。マンタたちは、今は衣類乾燥機の横で泳いでいる。そこは、ちょっと違うんだよなあ、みんなが活かされる場所確保の探索が続く、続く。

50歳にもなって、こういうものを生き物みたいに扱って、話しかけたりもして、何だかおかしいけど、でも夫婦でこうして同じ感覚で物を扱える、ほんの小さいことがとても幸せだと思えるのは、本当に有難いし、幸せだな、と思う。

昔は、幸せとは何かを定義もせずに追いかけてばかりいたけれど、今はこういうことが幸せなのだと思えるようになって、幸せを全く探さなくなった。

でも、自分にとっての幸せとは何かは、いつも考え、答えられるようにはしている。

自分が何に幸せを感じるかを常に知っておくと、それを自分に与えたらいいのだとわかるので、自分をいつも幸せな状態にしておきやすいから、常にそれは意識している。

幸せに感じることは、永遠でなく、変わることもあるので、その発見も面白い。

「幸せとは何か?」という質問は、とても大きな質問だけど、答えは本当に足元にあって、いつもシンプル。

シンプルすぎるゆえに、難しいものにしたくなるのが、人間の持つ欲求なのかな。

最近、歳のせいなのかどうかわからないけど、難しいことが考えられなくなっている。

これでいいのかな…と、ちょっとだけ心配もしつつ、これでいいのだとも感じながら、シンプルで、小さな幸せに囲まれている生活が、今は本当に、本当に楽しい。

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