「空」を見上げる

真実を見極めるために、

私は、いつも「空」に見上げる。

「空」を見上げては、いつも深呼吸をする。

そして深呼吸をしながら、その「空」と一体となって、

その「空」が教えてくれている感覚のまま、

今ここで起こっている現実をみる。

その時、頭は使わない。

ひたすら、体感を中心に

何を感じるか、それだけに意識を向けて、

自分の中に湧き上がってくる感覚を観察する(感じる)。

「空」は、私にとって、

全ての答えを持っている図書館のようなもの。

私や、私を取り囲むもの全てを優しく見守り続けてくれている、

お父さんやお母さんのような存在。

だから、「空」を見上げることができる限り、

私は、大丈夫、といつも安心する。

今朝も、空を見上げる。

今日も、真実のままに、生きていこう。

ザリッチ宏枝

時空を超えた空間

コーチングセッションや、とても信頼を寄せている人との対話をしている時、私の意識が「時空を超えた空間」へ飛んでいくことがよく起こります。

その「時空を超えた空間」の中で対話をしていると、とても深い共鳴や気づきが起こり、身体も心も瑞々しくなっていくような感覚を味わうのです。

この「時空を超えた空間」は、こうして私の意識だけの中にある世界なのでなく、体感を持って、「ここは時空を超えた空間だな」と感じる場所に出会うことがあります。

私が住んでいる伊勢志摩には、所々にそんな場所があるのです。

今日ご紹介したいのは、冒頭の写真の場所、伊勢市鹿海町にある「朝熊(あさくま)神社」です。

内宮の摂社の中でも、第1位という位の高い摂社なのだそうですが、最近までその存在を全然知りませんでした。

これらのお宮には正式なご祭神がいらっしゃいますが、あまり頭で考えたくない私は、そういう情報は入れずにお参りすることがほとんどです。

尋ねていくと、2つのお宮がありました。明らかに、1つのお宮は男性の神さまで、もう1つは女性の神さまだと、わかるくらいに違ったエネルギーを発していました。

あまりそういうことを感じない私でもわかるくらいの「気配」でした。私は、感が良いように思われるのですが、「この場所は気持ちがいい」ということぐらいはわかりますが、エネルギーの違いとかはあまりわからない方なのに、そんな私でもはっきりとその違いが分かるほどの気配がありました。

そして、そこで感じる「気配」は、冒頭で言った、誰かとコーチングや対話をしているときに体験する「時空を超えた空間」と、とても、とても似ていました。

そして「似ている」と言えば、このお宮へご一緒して下さった人が「この場所って、宏枝さんのところと、とても似ている」と言ってくれました。

「宏枝さんのところ」というのは、自宅に設けたセッションルームのことです。

最近、ある方からも「この場所(セッションルーム)は、本当に気持ちいいですね」と言われることがあったので、「え、本当!?」と、とても嬉しくなりました。

我が家は、わりと伊勢の中でも高台に位置しているので、坂を上がって我が家に来る時、空や山が見渡せて、気持ちいいと言う方もいらっしゃいます。

それと同じで、朝熊神社も辺りからすると高台にあり、このお宮のために造られた石段を登った先にあります。

内宮、外宮でも大切にされている月次祭や神嘗祭の祭祀も順次行われているお宮でもあるからでしょうか、あたり一帯がとても綺麗に手入れされていて、大切にされている様子が伺えました。

あまりに気持ちの良い場所だったので、後ろ髪をひかれる思いでその場を去りましたが、あの場所から離れた今も、あの場所で感じた感覚がずっと忘れられなくて、今も、そこで感じた「気配」とずっと対話している感覚が続いています。

機会がありましたら、どうぞ尋ねてみて下さい。「朝熊神社」と検索すると、地図やそのお宮に関する情報を調べることができます。

私もきっといつか、皆さんをご案内することもあると思います。

伊勢志摩には、こうして「ここは、時空を超えた空間だ」と思える場所がいくつもあります。

私的な表現でいうと、「アイニカエル場所」とも言えるでしょうか。

またそういう場所を、このサイトでご紹介していきます。

ザリッチ宏枝

なくならないもの

14年もの歳月を一緒に過ごした愛犬がこの世を旅立ってから、もう2年半の月日が経ちますが、今だに彼女のことを思い出さない日はなく、今でも毎日のように側にいてくれている感覚がします。

彼女の体の温もりも、匂いも、何もかも、すぐに感覚の中で再現できます。

彼女の肉体はもうないけれど、彼女の存在は、私の中から全く色あせずに残っている。

これって、「命」は有限だけど、「存在」は無限なんだなということを証明してくれているように思います。

これは、ミネソタ州の北部にあるバウンダリー・ウォーター・カヌー・エリア・ウィルダネス(BWCAW)という場所でキャンピングをしていた時に撮った写真。

木によじ登るリスを捕まえようと、こうしてじっとその機会を狙っている姿です。彼女は、この日は2時間くらい、ずっとこの体制でリスを待っていました。

目的が何であれ(笑)、一途な姿は美しいと感じた瞬間でした。

この日に肌で感じた気温や風、香り、そしてこうして彼女を見つめて感動している私。

その全てを今でも鮮明に思い出せることは、本当に幸せです。

昨日あるポッドキャストを聞いていた時、ジョンレノンが亡くなった後のオノ・ヨーコへのインタビューで、「あなたはいつもジョンとお互いの95%というくらいの時間を共にしてきましたが、今は寂しくはないですか?」と聞かれ、「Now I am with him, 100%(今は100%彼と共にいます)」と答えたオノ・ヨーコの言葉。

とても、とても共感します。

「存在」は、なくなるどころか、大きくもなっていくものだと、そしてぐんぐん近くなっていくものだと、私も実感しています。

ザリッチ宏枝

ご無沙汰しています。

久しぶりの投稿です。

これがこのサイトの初めての記事だというのに、「久しぶり」と表現したのは、以前はかなりの数のブログ記事を書いていたので、その頃のことを思い浮かべていたからです。

10年ほど前だったか、私的には「狂ったように」という表現がぴったりなくらいにブログを書いていた時期がありました。

そのころは、ブログを書かないと、死んでしまうと思うくらいな勢いで書いていました。

その当時のブログは全て削除したので、今となっては何を書いていたのかも忘れましたが、湧き上がってくる感覚をどこかで「発散しなければ!」と書き続けていた感覚だけは覚えています。

そう、「届けなければ!」という感覚はその当時はなかったんです…。「発散しなければ!」という感覚であったということは、100%自分本位の時代です。

ある時、連続して人からも、私の星周りでも(占星術とやらで)、私が書く文章は人の心に響くからとにかく書き続けなさいと言われ、自分のコンプレックスの頂点に立つのが「言葉」なのに、もうそこは、きちんと向き合わなければいけない部分だと思うようになりました。

それから、発信する場所や方法を、どうしようか試行錯誤しながら、のろりのろりのペースで本職のサイト内のブログには記事を書き続けてきましたが、ずっとずっと私の中で、「もっと発信したい!」熱の種火は消えず、静かに燃え続けていました。

その「種火」をいつ取り出して、大きな焚き火を作るくらいのことをする日が来るのだろうと思っていましたが、どうやらやっとその準備が整ってきたように感じているところです。

体感的にも、焚き火するには持って来いの季節になったから、というのもあるからかもしれませんね、きっと。

そして、「時が熟す」みたいな流れのおかげでもあるように思います。

50歳を過ぎて、この世にいる残りの時間をもっときちんと整えて、何かを残していく準備をしなければという気持ちが強くなりました。

20年近くライフコーチングというお仕事を通して、自らのみならず、多くの人の人生に触れて、そして、生まれてからのこの50年以上の月日の中で、ご縁ある人からたくさん教えてもらったことは、どうやら多くの人が幸せになるために役に立ちそうだと思うところがあって、それらのことを改めて、きちんと書き留めて置きたくなりました。

これは自分がこの世を去るまでのライフワークの1つとして、これからもこの地球で生き続ける人たちにとって、私がとても大切だと思ったことを発信し続けていきます。

こう書くと大袈裟に聞こえてしまいますが、日々の何でもないことを中心に書くつもりです。

でも、すごく大切なことって、日々の何でもないことの中にほとんどあるんですよね。

ご縁ある魂の友へと、お手紙を綴る感じで、発信し続けます。

今度こそ(これまでの私を知っている人はきっと笑っている)、これからもどうぞよろしくお願い致します。

ザリッチ宏枝