なくならないもの

14年もの歳月を一緒に過ごした愛犬がこの世を旅立ってから、もう2年半の月日が経ちますが、今だに彼女のことを思い出さない日はなく、今でも毎日のように側にいてくれている感覚がします。

彼女の体の温もりも、匂いも、何もかも、すぐに感覚の中で再現できます。

彼女の肉体はもうないけれど、彼女の存在は、私の中から全く色あせずに残っている。

これって、「命」は有限だけど、「存在」は無限なんだなということを証明してくれているように思います。

これは、ミネソタ州の北部にあるバウンダリー・ウォーター・カヌー・エリア・ウィルダネス(BWCAW)という場所でキャンピングをしていた時に撮った写真。

木によじ登るリスを捕まえようと、こうしてじっとその機会を狙っている姿です。彼女は、この日は2時間くらい、ずっとこの体制でリスを待っていました。

目的が何であれ(笑)、一途な姿は美しいと感じた瞬間でした。

この日に肌で感じた気温や風、香り、そしてこうして彼女を見つめて感動している私。

その全てを今でも鮮明に思い出せることは、本当に幸せです。

昨日あるポッドキャストを聞いていた時、ジョンレノンが亡くなった後のオノ・ヨーコへのインタビューで、「あなたはいつもジョンとお互いの95%というくらいの時間を共にしてきましたが、今は寂しくはないですか?」と聞かれ、「Now I am with him, 100%(今は100%彼と共にいます)」と答えたオノ・ヨーコの言葉。

とても、とても共感します。

「存在」は、なくなるどころか、大きくもなっていくものだと、そしてぐんぐん近くなっていくものだと、私も実感しています。

ザリッチ宏枝

ご無沙汰しています。

久しぶりの投稿です。

これがこのサイトの初めての記事だというのに、「久しぶり」と表現したのは、以前はかなりの数のブログ記事を書いていたので、その頃のことを思い浮かべていたからです。

10年ほど前だったか、私的には「狂ったように」という表現がぴったりなくらいにブログを書いていた時期がありました。

そのころは、ブログを書かないと、死んでしまうと思うくらいな勢いで書いていました。

その当時のブログは全て削除したので、今となっては何を書いていたのかも忘れましたが、湧き上がってくる感覚をどこかで「発散しなければ!」と書き続けていた感覚だけは覚えています。

そう、「届けなければ!」という感覚はその当時はなかったんです…。「発散しなければ!」という感覚であったということは、100%自分本位の時代です。

ある時、連続して人からも、私の星周りでも(占星術とやらで)、私が書く文章は人の心に響くからとにかく書き続けなさいと言われ、自分のコンプレックスの頂点に立つのが「言葉」なのに、もうそこは、きちんと向き合わなければいけない部分だと思うようになりました。

それから、発信する場所や方法を、どうしようか試行錯誤しながら、のろりのろりのペースで本職のサイト内のブログには記事を書き続けてきましたが、ずっとずっと私の中で、「もっと発信したい!」熱の種火は消えず、静かに燃え続けていました。

その「種火」をいつ取り出して、大きな焚き火を作るくらいのことをする日が来るのだろうと思っていましたが、どうやらやっとその準備が整ってきたように感じているところです。

体感的にも、焚き火するには持って来いの季節になったから、というのもあるからかもしれませんね、きっと。

そして、「時が熟す」みたいな流れのおかげでもあるように思います。

50歳を過ぎて、この世にいる残りの時間をもっときちんと整えて、何かを残していく準備をしなければという気持ちが強くなりました。

20年近くライフコーチングというお仕事を通して、自らのみならず、多くの人の人生に触れて、そして、生まれてからのこの50年以上の月日の中で、ご縁ある人からたくさん教えてもらったことは、どうやら多くの人が幸せになるために役に立ちそうだと思うところがあって、それらのことを改めて、きちんと書き留めて置きたくなりました。

これは自分がこの世を去るまでのライフワークの1つとして、これからもこの地球で生き続ける人たちにとって、私がとても大切だと思ったことを発信し続けていきます。

こう書くと大袈裟に聞こえてしまいますが、日々の何でもないことを中心に書くつもりです。

でも、すごく大切なことって、日々の何でもないことの中にほとんどあるんですよね。

ご縁ある魂の友へと、お手紙を綴る感じで、発信し続けます。

今度こそ(これまでの私を知っている人はきっと笑っている)、これからもどうぞよろしくお願い致します。

ザリッチ宏枝