自由になれる人

寂しさは、愛から生まれる。

苦しみも、愛から生まれる。

辛いのも、悲しいのも、

愛があるからこそ、生まれるのだ。

そのことがわかると、

全ては、愛だとわかる。

私たちは、どんな時も愛の中にいる。

生まれてから、一度も、そこから離れてはいない。

全ては、愛の中で起こっている。

そのことに気づけた人が、

真の自由を、手にする。


とても、とても苦しい思いで心がいっぱいになっていたある夜に、

どこからともなく、

「苦しみは、愛があるからだ」

と、太い声で、その言葉を聴いた。

私はその時、自分には愛がないから、こんなに苦しんだと、まさにそれで苦しんでいたので、この苦しみは、私の中に愛があるからこそなのだとわかった時、瞬く間に救われた気持ちになった体験がある。

その日から、自分に起こる、世界に起こる、全てのことを「愛」の視点でみるようになった。

そうしたら、全てが愛であり、全ては愛の中で起こっていることがわかるようになった。

だからと言って、まだ「完全なる自由」を体感しているわけではないのだけど、

「全ては、愛」だということが、もっともっと私の中で府に落ちていけばいくほど、

自由な感覚になっていく体験を、今、まさにしている。

愛とは、自由であり、

自由とは、愛なんだな、と今、まさに感じているところ。

深く「寂しい」という感覚の中にいて、

それでもその中にものすごい「愛」を感じる体験をしていて、

どうしても、この感覚を書き留めておきたかった。

まとまりのないままだけど、

今感じているままを投稿します。

ありがとう。

ザリッチ宏枝

「空」を見上げる

真実を見極めるために、

私は、いつも「空」に見上げる。

「空」を見上げては、いつも深呼吸をする。

そして深呼吸をしながら、その「空」と一体となって、

その「空」が教えてくれている感覚のまま、

今ここで起こっている現実をみる。

その時、頭は使わない。

ひたすら、体感を中心に

何を感じるか、それだけに意識を向けて、

自分の中に湧き上がってくる感覚を観察する(感じる)。

「空」は、私にとって、

全ての答えを持っている図書館のようなもの。

私や、私を取り囲むもの全てを優しく見守り続けてくれている、

お父さんやお母さんのような存在。

だから、「空」を見上げることができる限り、

私は、大丈夫、といつも安心する。

今朝も、空を見上げる。

今日も、真実のままに、生きていこう。

ザリッチ宏枝

時空を超えた空間

コーチングセッションや、とても信頼を寄せている人との対話をしている時、私の意識が「時空を超えた空間」へ飛んでいくことがよく起こります。

その「時空を超えた空間」の中で対話をしていると、とても深い共鳴や気づきが起こり、身体も心も瑞々しくなっていくような感覚を味わうのです。

この「時空を超えた空間」は、こうして私の意識だけの中にある世界なのでなく、体感を持って、「ここは時空を超えた空間だな」と感じる場所に出会うことがあります。

私が住んでいる伊勢志摩には、所々にそんな場所があるのです。

今日ご紹介したいのは、冒頭の写真の場所、伊勢市鹿海町にある「朝熊(あさくま)神社」です。

内宮の摂社の中でも、第1位という位の高い摂社なのだそうですが、最近までその存在を全然知りませんでした。

これらのお宮には正式なご祭神がいらっしゃいますが、あまり頭で考えたくない私は、そういう情報は入れずにお参りすることがほとんどです。

尋ねていくと、2つのお宮がありました。明らかに、1つのお宮は男性の神さまで、もう1つは女性の神さまだと、わかるくらいに違ったエネルギーを発していました。

あまりそういうことを感じない私でもわかるくらいの「気配」でした。私は、感が良いように思われるのですが、「この場所は気持ちがいい」ということぐらいはわかりますが、エネルギーの違いとかはあまりわからない方なのに、そんな私でもはっきりとその違いが分かるほどの気配がありました。

そして、そこで感じる「気配」は、冒頭で言った、誰かとコーチングや対話をしているときに体験する「時空を超えた空間」と、とても、とても似ていました。

そして「似ている」と言えば、このお宮へご一緒して下さった人が「この場所って、宏枝さんのところと、とても似ている」と言ってくれました。

「宏枝さんのところ」というのは、自宅に設けたセッションルームのことです。

最近、ある方からも「この場所(セッションルーム)は、本当に気持ちいいですね」と言われることがあったので、「え、本当!?」と、とても嬉しくなりました。

我が家は、わりと伊勢の中でも高台に位置しているので、坂を上がって我が家に来る時、空や山が見渡せて、気持ちいいと言う方もいらっしゃいます。

それと同じで、朝熊神社も辺りからすると高台にあり、このお宮のために造られた石段を登った先にあります。

内宮、外宮でも大切にされている月次祭や神嘗祭の祭祀も順次行われているお宮でもあるからでしょうか、あたり一帯がとても綺麗に手入れされていて、大切にされている様子が伺えました。

あまりに気持ちの良い場所だったので、後ろ髪をひかれる思いでその場を去りましたが、あの場所から離れた今も、あの場所で感じた感覚がずっと忘れられなくて、今も、そこで感じた「気配」とずっと対話している感覚が続いています。

機会がありましたら、どうぞ尋ねてみて下さい。「朝熊神社」と検索すると、地図やそのお宮に関する情報を調べることができます。

私もきっといつか、皆さんをご案内することもあると思います。

伊勢志摩には、こうして「ここは、時空を超えた空間だ」と思える場所がいくつもあります。

私的な表現でいうと、「アイニカエル場所」とも言えるでしょうか。

またそういう場所を、このサイトでご紹介していきます。

ザリッチ宏枝